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1981年、「アップル・コンピュータ・フランス」が設立されました。そしてこのフランス支社を設立したのが後のBe社(オペレーションシステム『BeOS』を作り出した会社ですね)の創設者、ジャン・ルイ・ガセー。
彼の商売テクといったらそれはそれは物凄いもので、Apple海外支社の中で最高の成長率と最大の収益を記録する位だったんだって。正にあきんど魂炸裂。そしてそんなガセーの商売上手っぷりにベタ惚れしたのが当時のCEOジョン・スカリー。彼はガセーをApple本社に引き抜きます。
生まれ持った経営センス、フランス人らしい洒落の効いた巧みな話術、そしてスカリーのご贔屓もあってガセーはアメリカでも出世街道をばく進。初期のMacintoshが伸び悩んだ理由もいち早く見抜き、メモリを多く積んだMacintosh
Plusを発売してApple社のピンチを救いました。
ジョブズ追放劇の時は、ガセーはスカリーを援護。本当にガセーとスカリーって相思相愛♪‥と思われましたが、その後ガセーは更に出世と昇進を繰り返し、スカリーの地位を脅かす所まで来てしまうのでした。そしてビビったスカリーは、遂にガセーまでAppleから追放してしまうのでありました‥自分だってその後追放されたくせに(汗)本当Appleって追放多すぎ。
パソコンの事を「知性の為の翼」と呼び、自己紹介欄には「異星人に誘拐され、アメリカのベンチャーに育てられたフランスの農民」と書き、ある時はバーテンまたある時は薬売り、しまいにゃ大道芸人をやってた過去まで持つジャン・ルイ・ガセー。
それにしてもこのオジサン、本当に面白い。
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