Apple社員番号51番、ビル・アトキンソンはApple製品の歴史においてなくてはならない存在でした。
彼の最初の功績は、Lisaで動作する「クイックドロー」そして「マックペイント」の開発。これは大いに認められ、彼は1983年『アップルフェロー』に任命されました。
Appleフェロー‥それはApple特別研究員とでも申しましょうか、Apple社に貢献し、更に今後も活動が期待される優秀な社員に与えられる称号で、これに認定されると本社からの全面的バックアップのもとで、予算や納期も気にする事なく、思う存分自分の研究が出来ちゃう!という、研究員冥利に尽きる役職なのでした。すげー。
そんなAppleフェローになったアトキンソン、ところが喜んだのもつかの間、次の年に発売されたMacintoshにマックペイント、バンドルされず‥。アトキンソンがっかり。
次にアトキンソンはラップトップコンピュータの先がけ、「マジックスレート」の開発に取り組みました。しかしこれも時代を先取りしすぎた内容の為に製品化はお流れ、開発も途中で終了。‥アトキンソンまたもやがっかり。
数ヶ月後、どうにかこうにか立ち直ったアトキンソンが開発にかかったのが「ハイパカード」。CD-ROMなんてものがまだ影も形も無かった頃に、誰もが簡単にマルチメディアコンテンツを作ることが出来る、そんなツールがハイパーカードでした。さあいよいよアトキンソンの研究の成果が世に認められる時が来ました。「もうがっかりは嫌〜、Macintoshにハイパーカードくっつけてよぉ〜くっつけてくれなかったら辞めるぞぉ〜」とCEOスカリーに直談判した事も功を奏し、1987年、晴れてハイパーカードは全てのMacintosh製品にバンドル。アトキンソンは一躍スターになったのでした☆。はぁ、良かった。
しかしその後、ジェネラル・マジック社の共同設立に参加した途端に「仕事よりも家族」の人になってしまい、開発の第一線からは離れていってしまうのでした。
また、アトキンソンの作ったハイパーカードはその後の「ニュートン」の開発モデルとして使われましたが‥‥‥‥ニュートンの行く末は御存知の通りです‥‥‥‥がっかり。

ちなみに現在のアトキンソンが運営しているサイトがここ。キレイな写真ですなぁ〜。