1982年6月にアップルの日本進出が発表されました。と同時に東レとの契約も終了。 いよいよアップルジャパン始動です!
アップルジャパンの初代社長は日系三世の福島正也氏。Apple本社はこのアップルジパンに2000万ドル(当時のレートで46億円!!)の売り上げを出せ、と指令。いや、そんな、一年目からむちゃくちゃ。しかしそこで福島氏は「それだけの売り上げを叩き出すにはアップルジャパンだけじゃどうにもならない、大手の会社とまたタッグを組まないとどうしようもないぞ」と考えたんですな。そして見つけた次の提携先が、ジャーン、キャノン販売。キャノンってカメラとかの印象が強いけど、そういやワープロとかも出してたし、今もゼロワンショップってあるもんね。一部上場しばかりのキャノン販売側にとってもこのアップルからの話は願ってもないチャンスだったらしく、契約話はなんと1時間ちょっとの話し合いでほぼ確定してしまったというのだから正にトントン拍子。素晴らしい。1983年10月6日に新聞一面でその事が報じられると、その5日後にはめでたく両者の合同記者会見がとり行われたのでした。
ところがその提携で大激怒したのが、日本で最初にAppleのマシンを広め、東レとの契約終了後もアップル本社と総輸入元契約を結んでいたESD社。その時の約束では、アップルジャパン側の準備が整い次第アップル本社との契約をアップルジャパンとの契約に変更する予定‥でした。しかしアップルジャパン社は何だかんだでその契約を伸ばし伸ばしにしてしまった挙げ句、その間にキャノン販売と独占販売元契約を結んでしまった為、ESDをキャノン販売から仕入れるただのディーラー扱いにせざるをえなくなってしまったのでした‥。                                        
そりゃディーラーと総輸入元とでは雲泥の差。ああ、修羅場です‥。