アップル日本支社にとって最大の問題は、新機Macintoshの日本語化。何しろ日本語で操作出来なきゃ売れるものも売れない、というわけ。
当初ジョブズはMacintoshの日本語化に大反対。「アップルの技術を日本人なんかに売り渡すんじゃねぇ」とばかりに爆ギレしたそうですが、Macintoshのインターフェイスそっくりの製品が日本で紹介されたとの報告を受けてようやくその重い腰を上げ‥かけた所であの例のスカリーによるクーデターが起こり、ジョブズ退却。しかもこれ、本社の日本語システム担当者が開発の為に日本へ長期出張する前日の事件。アメリカの家を引き払い、荷物も全部日本に送り、さあ後は明日俺が日本に行くだけだ‥って時に「ジョブズが追放されました、日本語システム計画も全部見直しでーす」なんて電話がかかってきた日にゃぁ‥いやーもう!
日本語化計画、ふりだしに戻るの巻。
さてそこで困ってしまったのがアップルジャパン社。兎に角売上に直接関わってくる事なのでそんなそんなアップル本社の出方も待ってられねぇよ、という訳で、アップルジャパンと総販売元のキャノン販売は自分達でMac日本語化計画を進めていきます。
そうして生まれたのが1985年8月20日に発売された『ダイナマック』。一見AppleMacintoshと同じように見えますが、違うのがディスプレイ下の「DynaMac」のロゴ。尤もこの日本語システムの正体は漢字フォントを入れたROMをボードに直接くっつける‥というカラクリだったそうだけど、でもこれで日本語環境が現実のものになった事には間違いありません。
『ダイナマック』にはエルゴソフト社のかな漢字変換エンジン「EG Bridge」がバンドル。次の月には同社から初の日本語ワープロソフト「EGWord」も発売され売上は上々だったそう。
Appleはこのサードパーティーの作った改造Macの存在を渋々ながらも認めざるを得ませんでした。結局Appleによる日本語システム「漢字talk1.0」が完成したのは次の年になってから。1986年発売された「MacintoshPlus」の日本語版「MacintoshPlus-J」にはじめて搭載されたのでした。パチパチパチ。もちろん、本家Appleの日本語版が出た事で改造版ダイナマックは消え行く運命となった訳だけど、それはそれ、この幻のマシンがあったからこそ今のAppleMacintoshがあるのかもしれないしね。